SIDSうつぶせ寝説

窒息死が乳幼児突然死症候群になるカラクリ

うつぶせ寝はSIDSの要因ではなく原因そのものである。
うつぶせ寝による窒息死がSIDSと誤診されているからである。

何故窒息死が原因不明のSIDSとなるのか?
これには解剖上の理由と風説上の理由が関係している。

解剖上SIDSと窒息死の区別はつかない。
死亡状況を考慮すれば見当がつくが通常解剖医は死亡状況を一切考慮しようとはしない。
仮に考慮したとしても風説上うつぶせ寝では窒息しないことになっているため窒息死が窒息死と診断されない。
うつぶせ寝が原因なのにうつぶせ寝が原因ではないということになれば、
当然ほかに原因などないのだから原因不明ということにならざるを得ない。
これが窒息死がSIDSになるカラクリである。

このカラクリの根底にあるのは海外発の回避能力説である。
回避能力説とは「うつぶせ寝にされた乳幼児は顔を横に向けて呼吸を確保できる」というものだが、
何故か一度たりとも追試が行われていないにも関わらず定説と化しており、
日本においても前川教授が鵜呑みにしてやはり追試も行なわないまま国内に広めてしまっていた。

確かに首が座っていれば――あるいは首が座っていなくても呼吸を確保できる赤ちゃんはいる。
しかしそれはあくまでも少数派であって過半数の赤ちゃんは呼吸を確保することが出来ない。
首が座っていたとしても顔を真下に向けたままつっぷしてしまうのである。
このことは「赤ちゃんの急死を考える会」が会員の赤ちゃん30数名を対象にした実験で確認している。

櫛毛冨久美『菜穂へ、そして未来を絶たれた天使たちへ』P.137-142

ところが新生児集中治療施設主任でありSIDS家族の会の顧問医師でもあった戸苅創は、
自身が著した赤ちゃんのうつぶせ寝に関する唯一の文献において、
ほとんどの場合は、うつぶせにすると、自然に頭を横向きにするものですと、
回避能力説を真に受けた主張をしている。

戸苅創『うつぶせ寝とあおむけ寝』P.120

さらに法医学ではうつぶせ寝を小児の窒息の原因と認めていながらも、
SIDSの項目においてはやはり“要因”として記されており、
窒息死と誤診されている可能性については一言も言及されていない。

塩野寛&清水恵子『身近な法医学[改訂2版]』P.140

これではうつぶせ寝で窒息死した赤ちゃんを前にしても窒息死と診断のしようがない。
こうした状況の中、うつぶせ寝の虚構はうつぶせ寝ブームと相まって世界に深く根を下ろすこととなる。

赤ちゃんがよく眠るということでアメリカで発祥したうつぶせ寝ブームは、
発育にも良いという医学的な理由からドイツに飛び火し、
そこからヨーロッパ全土を席捲、遂には日本に上陸した。

ところがうつぶせ寝の利点ばかりで守るべきルールが正確に伝わらず、
柔らかい布団を使っている、布団が硬くてもタオルを重ねて敷いている、
一部屋に一人の付き添いが必要なのに二部屋を一人で担当するなどの間違いがまかり通った。

この結果窒息死が頻発したが前述の通りうつぶせ寝では窒息しないことになっているためことごとくSIDSと誤診された。
そして一般的には解剖結果は正しいものと信じられているため、
うつぶせ寝が窒息死を招いているのではないかと内省されることはなかった。

こうなるとうつぶせ寝とSIDSが結び付けられてしまうのは時間の問題だった。
事実次から次へとうつぶせ寝にSIDSが多いという報告が相次ぎ、
その流れは自然とうつぶせ寝を止めさせる政策へと発展した。
あおむけ寝、母乳、禁煙を三本柱とするSIDS防止キャンペーンの実施である。
当然窒息死と誤診されていたSIDSが激減することでSIDS全体の発症率が下がったが、
これによってうつぶせ寝で突然死するのはSIDSのためであって窒息のためではないということになり、
結果的に「窒息という側面からするとうつぶせ寝は安全」というあらぬ誤解がこの上なく助長されてしまった。

厚生省SIDS研究班もこの誤解を解く役には立たなかった。
それどころか単にうつぶせだけで鼻口閉塞による窒息が起こるとは考えにくいという
真実とは真逆の結論を下すことでうつぶせ寝は安全だというお墨付きを与えてしまった。

厚生省心身障害研究平成六年度・八年度研究報告書

もはや虚構は真実と見分けがつかなかった。
しかしこれまでに蓄積された疫学調査のいくつかは紛れも無く窒息死を暗示している。

母子別室に多いのは子供に目が届きにくく手遅れになりやすいからだと解釈できる。
第二子に多いのは第一子の時と比べて圧倒的に注意を向けなくなるからだと解釈できる。
若年の母親に多いのは育児が未熟で手違いが起きやすいからだと解釈できる。
喫煙する両親に多いのは元々育児の配慮に欠けているからだと解釈できる。
SIDSは誰も見ていない所で起きるものだが、見ている限り起きないのであればそれは事故死以外の何物でもない。

最終的にSIDSうつぶせ寝説は最も残酷な方法によって実証された。
病院や保育園などで発生したうつぶせ寝による窒息死がこぞってSISDと詐称され、
裁判という形で明るみに出たのである。

悲惨なことに、たとえ司法解剖で窒息死と診断されたとしても、
被告側がSIDSを主張すると「窒息の証拠がたりない」として原告敗訴になるのが常だった。
原告勝訴でも「SIDSであれ窒息死であれ早期発見すれば救命の余地があった」という判決であって、
結局のところ窒息死だと断定された判例は一例もなかった。
要するに医学界のみならず司法界においてもうつぶせ寝による窒息死が認められていないのである。
裁判官が窒息死という判定を避けたのは決して死亡状況が曖昧だったからではない。
具体例として挙げる櫛毛菜穂ちゃん裁判と河野志保ちゃん裁判の概要を知ればそれがわかる。

櫛毛菜穂ちゃん裁判では生後1日の菜穂を助産婦が勝手にうつぶせにして窒息死させた。
当初病院側はうつぶせ寝による窒息死だと認めていた。
助産婦は自分が悪かったのだと泣き崩れ、院長は責任を取って病院を閉鎖すると涙ながらに宣言した。
ところが数ヵ月後、突然手の平を返したようにSIDSだと主張する手紙が送られて来た。
その手紙にはこれまでSIDS裁判で原告が一度も勝訴していない事実を示す判決一覧が添えられていた。

櫛毛冨久美『菜穂へ、そして未来を絶たれた天使たちへ』P.13_18_35

河野志保ちゃん裁判では胃軸捻転症になった生後39日の志保が入院した翌日に窒息死した。
病院側は解剖する前からSIDSだと決め付け、警察には届け出ず病院内で解剖させ、
解剖医は窒息死の可能性は無いと病院から聞いているのでSIDSと診断したと言い、
病院は解剖医がSIDSというので窒息死ではなくSIDSだと言ってもみ消そうとした。
硬いマットレスだから窒息死することはないというのが病院側の言い分だったが、
シーツやタオルを何枚も重ねていたのでマットレスが硬くても危険な状態にあった。
事実、志保の口と鼻の周りには死斑がなく、呼吸器が圧迫されていたことを示唆していた。

河野啓子&河野明『SIDSを乗り越えて』P.30_49_69_74

少なからぬSIDSが実はうつぶせ寝による窒息死に過ぎないということは分かり切ったことである。
日本でいち早くうつぶせ寝を取り入れて流行らせた杉山医院はすでにその危険性を認めてうつぶせ寝を廃止しているし、
文部科学省の研究グループも1996年にうつぶせの場合、安易にSIDSと診断してはならないと警鐘を鳴らしている。

乳幼児突然死症候群(SIDS)診断の法医病理学的原則に関する提言
(文部省科学研究費補助金研究成果報告書平成11年3月)

しかしながら公の場では決してそのことが指摘されず、
学会のような比較的閉鎖的な場であっても触れられることがない。
かくして一般的にはいまだにうつぶせ寝はSIDSの要因だと信じられている。
それでいてうつぶせ寝がSIDSのリスクを高めるメカニズムは不明だとされている。
SIDSとうつぶせ寝を巡る話はあたかも都市伝説のようである。

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