SIDS代理ミュンヒハウゼン症候群説

乳幼児突然死症候群の1割はMSBP

代理ミュンヒハウゼン症候群(MSBP)とは文字通りミュンヒハウゼン症候群(MS)の代理現象である。
MSは自分自身を病気に仕立てるがMSBPでは自分の子供を病気に仕立て、
甲斐甲斐しく介護する母親を演じることで注目や同情を集めて快楽に浸る。

MSBPにおいては嘘をつくだけではなく本当に傷つけて子供を死に至らせるケースが珍しくない。
詐称病に造詣の深いアラバマ大学医学部精神科・神経生物学教授のチャールズ・V・フォードは、
犠牲となった子供およびその兄弟姉妹の死亡率は10%程度になると述べている。

チャールズ・V・フォード『うそつき - うそと自己欺まんの心理学』P.232

最も有名なMSBP殺人はワネタ・ホイト、メアリベス・ティニング、リーザ・ジェーン・ターナーの症例である。

ニューヨーク州ニューアーク・ヴァリーのワネタ・ホイトは5人の子供を連続で殺害したが、
怪しまれるどころかSIDSの代表例として医学雑誌に掲載され、養子に迎えた6人目の息子とその後数十年を共に過ごす。
しかし1994年に行われた再調査で自白が引き出されたため懲役75年の有罪判決が下された。

同じくニューヨーク州スケネクタディーのメアリベス・ティニングは9人の子供を次々と産んでは殺していき、
最後の子供を枕で窒息死させた疑いで1986年に逮捕、1987年に禁固20年の刑を言い渡されている。

ニュージーランドのリーザ・ジェーン・ターナーは、
1980年と1982年にそれぞれ第1子と第2子を殺害したがどちらもSIDSと診断された。
続いて1983年に知人の子供2人に手を出し、最終的に第3子の殺害が発覚。
代理ミュンヒハウゼン症候群と認定され、殺人3件と殺人未遂2件の罪により終身刑を宣告された。

いずれのケースもMSBPだと暴かれなければSIDSのままになっていたことは言うまでも無い。

SIDS代理ミュンヒハウゼン症候群説は早くも1982年に登場しているが、
小児病理学者のジョン・エメリーが「SIDSの約10%はやさしい殺人である」と発表するやいなや、
国をあげての大騒動となって非難を浴び議会にまで呼び出されるほどだった。

それ以前にも子殺しの可能性を誰かが指摘する度に黙殺されてきた。
理由は「不快だから」あるいは「母親全体の立場が悪くなるから」。
これまで子供の突然死は母親が殺したのだと決め付け迫害した経緯がある。
その反省として(というよりも反動として)もはや母親を疑うことはタブーとなっていた。

かくしてMSBPはSIDSの世界から姿を消した。
SIDSの一般書はもとより、日本の厚生省研究班がまとめた『SIDSの手引』や、
イギリスにおける大規模な調査記録をまとめた『乳幼児突然死症候群 - その解明とファミリーサポートのために』にすら、
MSBPに関する記述は一片たりとも出てこない。

元NHK記者が丹念に取材した『ゆりかごの死 - 乳幼児突然死症候群[SIDS]の光と影』には、
ワネタ・ホイトとメアリベス・ティニングの症例が取り上げられているが、
何故か殺人が誤診されたという書き方をされていてMSBPという言葉は使われていない。

唯一の例外は『The Death of Innocents』である。
1998年度のアメリカ探偵作家協会賞犯罪実話部門最優秀賞を受賞し、
2002年には『赤ちゃんは殺されたのか』という邦題で翻訳された本書には、
ワネタ・ホイト事件の一部始終が記されている。
ところがAmazonなどで“SIDS”で検索しても“乳幼児突然死症候群”で検索してもヒットせず、
期せずしてここでもまたSIDS代理ミュンヒハウゼン症候群説の周知が遠ざけられている。

SIDS分野以外では犯罪分野の文献にMSBP型SIDSの記述が見受けられる。
ブライアン・レーンとウィルフレッド・グレッグの共著である『連続殺人紳士録』がそれである。
ここには歴史上有名な症例が全て収録されているがSIDS文献には参考文献として取り上げられていない。
したがって通常SIDS研究者が本書にたどり着く事はない。

テレビではザ!世界仰天ニュースがMSBPを取り上げており、
番組中でMSBPの87%が死に至らしめる可能性のあった事実を指摘しているが、
SIDSとの関連性についてまでは踏み込んでいない。

ザ・世界仰天ニュース「代理ミュンヒハウゼン症候群」

日本テレビ『ザ!世界仰天ニュース』「代理ミュンヒハウゼン症候群」2010年4月21日放送分

はたして日本にはMSBP型SIDSがどれだけ存在するのか?
それを知るにはまずMSBPの有病率を知らなければならないが、
MSBPを専門に研究している横浜市立大学医学部医学科教室助教授の南部さおりが言うには、
調査がほとんど行われていないため不明だという。
ただひとつの報告は国立保健医療科学院の藤原武男医師が2008年に寄せたもので、
それによると1995年から2004年までの10年間に21例がMSBPと特定されている。

南部さおり『代理ミュンヒハウゼン症候群』P.96-97

全貌が明らかではないにしろ日本にも相応のMSBPが人知れず発生しており、
そのうちのいくらかは死亡しそのうちのいくらかがSIDSと誤診されていることに疑いの余地はない。

Copyright 2017 万病様 All Rights Reserved.